連載 〜大人たちのゲーム〜 第0回「ゲームのセンター」

2026年2月、僕は情報工学工房(※1)の最終発表の教室にいた。すべてのチームの発表が終わり、教室の空気が少し緩んだころ、知らない先生が壇に上がった。ちょっとした宣伝がある、と言う。野嶋琢也先生。そこで僕は、電気通信大学にゲームのセンターができることを知った。ゲームセンターではない。ゲーム「の」センターだ。
名前はCEREC(Creative Entertainment Research & Education Center)。「名前とロゴが決まったんですよ」と先生は言った。検索しても、まだ何も出てこない名前だった。インターネットに存在する前のCERECを、あの教室にいた僕たちは見たことになる。
正式には、文化庁の補助金で設けられた「クリエイター支援基金」に採択された、ゲームクリエイター育成のための産学官連携プログラムの拠点だ。採択額は約2億4700万円、期間は2028年3月までのおよそ2年半。7つの企業と組んで授業も行うという(※2・※3)。
あとで知ったのだが、文化庁が採択を公表したのは前年の10月、大学が発表したのは11月で、事業期間は10月にはもう始まっていた(※2)。話はとっくに動き出していて、僕が知らなかっただけだ。
それにしても、正直なところイメージが湧かなかった。電通大でゲーム?
調べてみて最初に出てきたのは、思いがけず近い場所の話だった。1984年4月、電気通信大学の学生だった中村光一氏が、仲間と5人で会社を立ち上げている。事務所は調布に借りた一室だった。一緒に創業した中西一彦氏は、同じ大学の同じクラスで、学籍番号が一つ違いだったという(※4)。チュンソフト——のちに初期の『ドラゴンクエスト』を開発し、いまのスパイク・チュンソフトの前身となった、あのチュンソフトだ。この大学とゲームの縁は、思っていたより深いのかもしれない。
それでも疑問は残る。縁があることと、約2.5億円をかけて「教育」することは別の話だ。それに、お金の出どころが文化庁というのも意外だった。ゲームなら経産省、教育なら文科省本体の管轄ではないのか。なぜ、「文化」なのか。
調べるほど、話は電通大に収まらなくなっていった。
同じ2026年の4月、東京藝術大学は大学院に「ゲーム・インタラクティブアート専攻」を新設した。プレスリリースは「新たな芸術領域である『ゲーム』」と書く(※5)。一方のCERECは、工学・理学の視点からゲームを扱うと謳う。言葉の上では、出発点が正反対に見える。ところが藝大の教員一覧には、スクウェア・エニックスでゲームAIを手がけてきた研究者をはじめ、工学博士の名前が並んでいる。違うのは見ている景色なのか、それとも使っている言葉だけなのか。
視野をさらに広げてみる。ゲームが大金の動く産業であること自体は、新しくもなんともない。当時のエニックスの広告は、中村氏が高校時代に作った『ドアドア』だけで約2000万円の印税を得たとうたっている(※6)。新しいのは、国家が当事者として前に出てきたことだ。日本政府はコンテンツ産業を「基幹産業」と位置づけ、2024年に約6.1兆円だった海外売上高を、2033年までに20兆円へ引き上げる目標を掲げた。分野別の内訳では、その半分以上にあたる12兆円がゲームに割り振られている(※7)。サウジアラビアの政府系ファンドを中心とする企業連合は、2025年9月にElectronic Artsを約8.2兆円で買収すると発表し、2026年8月に完了させた(※8)。このファンドは一時、任天堂株の8%以上を握る大株主でもあった(※9)。そして文化庁の基金で、調布の国立大学にゲームの教育拠点が立ち上がった。大人たちはいま、国家の単位でゲームに賭けている。
冒頭の疑問に戻ると、文化庁とゲームの縁も、実は浅くない。2001年に公布された法律は、映画や漫画、アニメーションと並べて、コンピュータなどの電子機器を使った芸術を「メディア芸術」と位置づけた。文化庁は1997年から2022年まで開いたメディア芸術祭で、ゲームを含む作品を顕彰してきた(※10)。意外なのは「文化」であることより、その文化の予算がいま、「人材育成」と「海外売上」という産業の言葉で語られていることのほうかもしれない。
大学は、企業にプログラマーとデザイナーを納品する就活予備校になるのか。それとも「ゲーム」を学問として引き受けるのか——と、乱暴な二択を立てたくなる。だが、本当の問いはもう少し底にあるはずだ。大学がゲームを教えるなど誰も考えていなかった時代に、ドラクエを作った会社は、この大学の学生が仲間と調布に借りた一室から、勝手に生まれた。ならば、大学がゲームを教える時代のこの予算と注目は、何を育てて、何を育てないのだろうか。
ところで、この大学でゲームを作っている学生は、べつに珍しくない。サークルがあり、個人で作っている人がいる。冒頭のあの教室、情報工学工房にも例年ゲームを作る班がある。彼らの、あるいは僕らの日常と霞が関の20兆円のあいだには、まだ何の橋も架かっていないように見える。この連載が追いかけたいのは、橋が架かるのか架からないのか、その現場だ。
いま約束できることは多くない。確かなのは二つ。CERECに直接関わる先生たちに、連載として話を聞きにいくこと。そして、これから開かれる関連イベントに足を運ぶこと。CERECはまだオープニングイベントすら開いていなかった。それが開かれるのはこの記事が公開される9月29日だ。センターは、いままさに生まれている途中にある。だからこの連載には、少なくとも一つ、誰にも真似のできないことがある。学内の、それも大学から独立した立場から、新しいセンターが生まれ、育っていくのを取材し記録することだ。
その先で、「文化」を扱う人たち、新しい分野を開拓する人たち、ステークホルダーたち、そして学生のところまで会いにいきたい。一人の学生として、大学から独立したメディアとして書いていく。
僕はゲームが好きだ。だからこの盛り上がりを素直に喜んでいる。そして同時に疑ってもいる。僕たちが遊んでいる「ゲーム」と、大人たちが語る「ゲーム」は、どこまで同じものなのか。
2026年9月 竹内綱良
※1 情報工学工房の紹介記事
※2 文化庁「クリエイター支援基金(文化芸術活動基盤強化基金) 令和6年度補正予算事業『クリエイター等支援事業(育成プログラム構築・実践)』第2回募集 採択先の決定」(2025年10月17日)。採択額は2億4724万4千円。電気通信大学ニュースリリース(2025年11月17日)によれば、事業期間は2025年10月17日〜2028年3月31日。
※3 CEREC公式サイト「Partners」。連携組織は株式会社キッズプロジェクト、グランディング株式会社、株式会社サイバーエージェント、ジェムドロップ株式会社、株式会社ディー・エヌ・エー、株式会社テクテク、株式会社ビサイド(50音順)。
※4 株式会社スパイク・チュンソフト「沿革」(設立地は東京都調布市布田)、ファミ通.com「すべては『ドアドア』から始まった——チュンソフト30周年のすべてを中村光一氏と振り返るロングインタビュー【前編】」(2014年6月8日)、ファミ通.com「チュンソフト35周年スペシャルトークショーリポート」(2019年4月26日)
※5 東京藝術大学プレスリリース「大学院映像研究科にゲーム・インタラクティブアート専攻を新設」(2025年7月7日)
※6 AKIBA PC Hotline!「中村光一氏の大ヒット作にして、数多くの機種へと移植された名作『ドア・ドア』」(2018年5月2日)に掲載された、エニックス「第3回ゲームホビープログラムコンテスト」の広告による。
※7 経済産業省「エンタメ・クリエイティブ産業戦略2026」(2026年8月)。「基幹産業」との位置づけは「新たなクールジャパン戦略」(2024年6月)から。
※8 Electronic Arts発表(2025年9月29日、2026年8月4日)。企業価値は約550億ドル。円換算は発表時の報道による。
※9 PIFの任天堂株の保有比率は、2024年6月の任天堂の有価証券報告書で8.58%。その後売却が進み、同年12月の変更報告書で4.19%に下がった(日本経済新聞、2024年12月26日)。2026年3月末時点の任天堂の大株主上位10名に、PIFの名前はない(任天堂「株式の状況」)。
※10 文化芸術振興基本法(2001年公布、2017年の改正で文化芸術基本法に改称)。文化庁メディア芸術祭は1997年度から2022年度まで開催。クリエイター支援基金は令和5年度補正予算により設立(文化庁ウェブサイト)。
